東京高等裁判所 昭和27年(う)1605号 判決
本件起訴状には、罪名及び罰条として、失火刑法第百十六条と記載されていることは所論のとおりである。
しかしながら該起訴状には、公訴事実として、被告人が株式会社伊豆庄染物工場のボイラーマンとして勤務中該工場に設置された汽罐に焚火するに際し、所要の注意義務を怠つて火を失し、附近の他人所有の家屋一棟を焼燬した旨記載されているのであつて、該失火がボイラーマンとしての業務上の失火を表示したものであることは疑い得ないところであるから、該起訴状は業務上失火の訴因を明示したものと言うに差し支えない。従つて、該起訴状に罰条として記載された単純失火の規定なる刑法第百十六条は、業務上失火の規定なる同法第百十七条の二の誤記であることが明らかであつて、しかも本件起訴状の記載に徴し、これが業務上失火の訴因を表示したものであることを疑い得ないことは、上叙のとおりであるから、右罰条の記載の誤は被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞はないものと言わなければならない。
それ故、原判決が業務上失火罪をもつて被告人を処断したことは所論のとおりであるが、これは訴因については起訴状に明示されたところに従つた適正な措置であつて、もとより所論のような追加又は変更の手続を経べきいわれはなく、罰条についても、原裁判所がこのような事案に対する措置としてその訴訟指揮において前記誤記を訂正させなかつた点にいささか妥当を欠くうらみがあるとは言え、敍上に徴し、所論のような追加又は変更の手続を経るを要するものでないことは言うまでもないところである。
原審の訴訟手続には、所論のような法令の違反は存しない。論旨は理由がない。